満面の笑みで新年を

あけましておめでとうございます。満面の笑みで、西宮にお住まいの皆さんに新年のご挨拶を申し上げます。
両手に扇子を持って大笑い、晴れ着姿の似顔絵イラストを、新年の挨拶とともに自分の個人サイトに載せた昨年の正月、実は、そんな陽気な似顔絵とは裏腹に、私は完全に追い詰められておりました。三年近く作品が発表できず、またそのアテもなかったのです。
完成した作品は手元にありましたが、いろいろと先行きは見えず、とても暗く重苦しい心持ちの年明けでした。それならば、私の個人サイトの新年挨拶も、暗く沈んだ、少なくともおとなしいものにすべきだろうか。いや、それでも私は明るく笑って一年を迎えたい。先行きは何も見えないけれど、正月だけは笑おうと、私は明るい似顔絵を描き、「あけましておめでとうございます」と個人サイトに載せました。
今見ると、まるでその後に、無事に作品が発表できて、大きな賞を頂くことが分かっているかのようにも見えます。本当のことを言えば、愚痴の一つでもこぼしたくなるような状況でしたが、似顔絵は満面の笑み、実情を知る人は、能天気な男だとあきれていたのかも知れません。
ところが、私が似顔絵で笑った数日後、急に作品の雑誌掲載が決まりました。その作品は『バリ山行(さんこう)』。宮っ子もおなじみ、六甲山が舞台の小説です。ちなみに小中高、大学も全て西宮市内だった私は、中高の六年間、学校行事の六甲登山にも参加しています。
そして作品の掲載から数カ月後に芥川賞の候補に選ばれて、芥川賞を受賞しました。正月に、せめて似顔絵で笑った私は、本当に笑うことになったのです。
「ひょうたんから駒」という故事があります。ひょうたんから駒(馬)が出るという、つまり意外なものから意外なものが出るというものの例えです。冗談が本当になる、そんなこと、普通はあり得ません。無理に笑っていつの間にか本当に笑っていた。全くバカみたいな話ですが、でも、ほんまに意外なんやろか?私は受賞式で多くの方からの祝福を受けながら、そんな不思議を、一人で考えていました。
夏に芥川賞を頂いてから半年の間、もしかすると私は日本で一番多く「おめでとう」を言われた人間かもしれません。ニッコり笑って「あけましておめでとうございます」。そうやって一年を始めた私は、たくさん「おめでとう」を言ってもらった人間になりました。すると、それはもう〝意外〟とは言えないのかもしれません。ちなみに去年、私が一番多く口にした言葉は、間違いなく、「ありがとう」です。
新年の初め、この文章を書かせていただいたことに、まずお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございます。
そして、やっぱり今年も満面の笑顔で、西宮にお住まいの皆さんにご挨拶を申し上げます。皆さんも新年の初めに、満面の笑みでご家族やお友達、ご近所の方に挨拶をしてみてはいかがでしょうか?
あけましておめでとうございます!

松永 K 三蔵さん 撮影:嶋田礼奈
松永 K 三蔵さんサイン
作家 松永まつなが K 三蔵さんぞうさん
市内在住。1980年、茨城県生まれ。関西学院大学卒。日々六甲山麓を歩く。2021年、『カメオ』で第64回群像新人文学賞優秀作を受賞してデビュー。2024年、受賞後第一作の『バリ山行』で第171回芥川龍之介賞を受賞

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