市長コラム 令和2年(2020年)7月
更新日:2020年11月18日
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西宮市が目指す教育分野における情報機器の活用について
今、西宮市では6月定例議会が開会しており、私ども当局が提案した補正予算案や条例改正案など諸議案の審議をいただいているところです。その中で市として大きな政策として提案しているのが、「西宮版GIGAスクール構想」に関連する予算です。
GIGAとは、Global and Innovation Gateway for Allの頭文字をとったもので、「子どもたち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境の実現」を目指すものです。これは、新型コロナウイルス感染症が拡がる前から文部科学省が提唱してきたものですが、今回の感染症拡大によって、いわゆる「オンライン教育」に注目が集まり、国も財政補助の強化策を打ち出し、全国的に動きが加速化しつつあるところです。
西宮市においては、今回、この関係で1.7億円の予算を計上しました。そして今年度から令和8年度までに総額17億円の市費を投じ、国からの補助もおよそ12億円が見込まれる、額にして29億円にも達する膨大な規模の事業です。このことによって、令和2年度中には西宮市の公立小中学校に通う児童生徒が「1人1台」を利用できる端末環境が整うとともに、ネットワークに接続出来る環境がない家庭に対し、必要に応じてオンラインでの通信ができるようにモバイルルータを貸与する体制もあわせて整えることで、学校と家庭を結んだ教育を実施するための条件整備をすることとしました。
[まず「1人1アカウント」で学びの間口を拡げる]
西宮市では、今学期中を目途にすべての児童生徒に対して、インターネット上の学習ドリルを活用した勉強ができるために「1人1アカウント」を付与するように準備を進めています。この契約は、コロナ感染症の拡がりが本格化する前の3月議会で承認いただいた当初予算の中に組み込まれていたもので、現在は契約作業を済ませて最終調整を行っているものです。既習・未習の学習内容について、インターネット上の学習ドリルを使って、児童生徒一人ひとりが家庭で学習することができるようになります。また、将来的には、教師が生徒に対して、このインターネット上の学習ドリルを宿題として出すことも考えています。1人1アカウントを持つことによって、これまでの紙ベースの問題集等に加え、より多くの問題に触れることができるため、学びの間口が広がると考えています。また教師側からは、どの生徒がどれだけの問題を解いたか、どのような問題でつまずく傾向があるかを確認することができ、児童生徒への適切な指導を行いやすくなると期待しています。
[「1人1台」は西宮浜義務教育学校で先行]
この当初予算に盛り込んだ中には、総合教育センター付属とした西宮浜義務教育学校の5・6・7年生全員分の1人1台タブレット端末予算も組み込まれています。同校の当該学年の児童生徒らには、他の学校に先駆けて1人1台の環境が整うことになります。
今回のコロナが起きる前には、予算面の制約もあることから、まずは研究体制のある学校の児童生徒に対して1人1台の端末を貸与して、そこでより効果的な活用方法について理解を深めたのちに、全校、全学年へと拡げていこうと考えていました。
ただ今回のコロナ禍によって、国の強力な後押しが得られることとなり、冒頭に記したように、全学年、全校への1人1台タブレットへと大きく舵を切ることとなりました。ただ、今議会で予算が認められたとしても、「1人1台」の配備が今すぐにできることにはならないのが正直な話です。4万台にも及ぶ機器を、単に配るだけでなく、西宮市が求めるソフトウェアを入れて動作確認をして、一つひとつの学校に配備していくには、どうしても時間がかかってしまいます。その意味では、西宮浜義務教育学校において一足早くタブレット端末が届くわけですから、その環境を利用して、効果的な活用方法について、教育委員会の総合教育センターを中心に、研究を深めていきたいと考えています。
[コロナ禍で注目が高まる教育へのICT機器導入]
西宮浜義務教育学校を皮切りに、「1人1台」の端末配備によって期待する効果は、「思考・知識の即時共有を通じた効果的な協働学習」、「学習履歴等の様々なデータの蓄積」、「知識・技能の定着を助ける個別最適化ドリル」という点です。特に三点目の「個別最適化ドリル」を使うことで、「落ちこぼれ対策」だけでなく、公立校で課題が指摘されてきた「吹きこぼれ対策」としても、1人1台のタブレットを通じた個別最適化ドリルには可能性があると考えています。
そして、コロナ禍によって大いに注目を集めたのが、オンライン学習です。学びのコンテンツについては、文部科学省やNHK、そして教科書会社自体が動画を作成していますので、単に一方的に流される動画を見ながら学習をするというのであれば、必ずしも自治体ごとの教育委員会や学校が動画を作成して流す、というのは合理的でないと思います。ただ、地域によって教科書の進度や学習スタイルも違うことから、よりリアルな授業に近い動画を作ることで、学校の雰囲気を感じやすくすることは意味のあることと思います。そうしたことから、西宮市においてはこの度立ち上げた学習支援サイト「まなみや」において、学年ごとの勉強を支援する動画を作成し、公開しています。
そして、本当は動画を一方的に見てもらうのではなく、リアルタイムにオンラインで教師と生徒がやり取りして、学習以前の指導、つまり生活習慣を整え、心身の健康を確認するようなことができればよいのだと思っています。今後は、いつ来るかもわからない今回のような長期休校期間が来ることを視野に入れ、準備を進めていきたいと思っています。
[家庭の通信環境を活用するとともに通信機器の貸与をします]
リアルタイムで教師と児童生徒がやりとりできるためには、当然ですが、児童生徒の家庭に通信環境が整っていなくてはなりません。西宮市教育委員会では、この5月から6月にかけて、各家庭の通信環境についてアンケートを取り、実態把握に努めているところです。結果は集計中ですが、速報を聞いた感覚として、相当数のご家庭において通信環境が整備されていると感じております。通信環境が整備されているご家庭におかれましては、「1人1台」の端末整備によって期待される効果の最大化のために、当該環境の活用にご協力をお願いしたいと思います。国においては、「緊急時における家庭でのオンライン学習環境の整備」として補助メニューを設けており、モバイルルータの整備を支援してくれることになります。西宮市としてもこの補助金を活用し、経済的な状況等で必要なご家庭に貸与することにいたします。国の補助金はモバイルルータの機器代金のみの補助ですから、通信料については西宮市が補助をすることになります。
今のところ、貸与できるモバイルルータに関しては、予算成立後速やかに発注をして順次入手できる見込みです。ハードが整備されてもすぐに使えるとは限りませんから、各学校や児童生徒がスムーズに活用できるように支援を進め、トライアルしたいと考えておりますので、各ご家庭においては、その際にはご協力の程、よろしくお願い申し上げます。
[今年度から本格導入する「こころん・サーモ」で子どもたちの心の健康チェック]
「こころん・サーモ」は、西宮市と武庫川女子大学が共同開発した、子供理解と生徒指導を目的とした心理状態チェックシステムです。アンケートによって個々の子どもの心の状態を、短期、長期にわたって把握するとともに、一定の集団(学級や学年)の状況と合わせることで、いじめに対する予防的な手立て等に役立てることが可能になります。開発当初は紙ベースであったため、その後の集計等に労力がかかり、なかなか広範に活用することができませんでしたが、デジタル化することによってその後のデータ分析や管理も容易となり、本年度より1人1台の端末整備に合わせて、市内の全小中学校に本格導入することとしています。
これは有効なデータ活用事例の一つであり、現場教師の「勘」や「経験値」に加えて、「データ」の裏付けによって子どもへの対応をとることにつながると考えています。
[ICT導入で本格化するデータの分析と活用]
いろいろなことができる可能性がある教育現場へのICT導入ですが、その効果として期待されるのが、学力や学習状況だけでなく、体力や健診のデータや出欠状況なども含めた様々なデータを一括管理して、児童生徒の学びや育ちに活用していくことです。
既に文部科学省においては、平成29年度より「エビデンスに基づいた学校教育の改善に向けた実証事業」がスタートしており、一部の自治体において取り組みが進みつつあります。まだ各市とも研究段階にあるようですが、こうした他市の事例も参考になると考えています。西宮市においては、まずは前述の「こころん・サーモ」の活用をしっかりと進めながら、データ活用の幅を広げていきたいと思います。
また、本市においては、学校の校務を支援するためにICT化を進めており、既に子どもたちの学齢簿をはじめ、出欠状況データなど、校務系のシステム化は進められております。
今回のGIGAスクールの展開を通じて、こうした、校務系の情報と、子ども自身の学びデータ、つまり教育系のデータを連携し児童生徒の学びや生活に寄与するよう充実を図ってまいりたいと考えています。
その際に重要なのが、データの活用についてしっかりとした方針を立てること、そして個人情報の漏洩、特定につながらないような管理体制を講ずることです。国の法律や市の個人情報保護条例に照らし合わせながら、しっかりと対応して参りたいと思います。
[データ活用の先進的な知見を活かす]
昨年、姉妹都市のアメリカ・スポーケン市や、シアトル市を訪ねた際、学校現場の視察や教育委員会との懇談の機会に恵まれました。その際、学校現場におけるICTの活用についても多くの知見を得ることができました。印象的だったのは、大きく二つです。
まずは、ICTを活用した「学びの個別化」が実践されていることでした。ルイス&クラーク高校を訪ねた際、ちょうど体育の授業をしているというので覗いてみると、生徒たちは全員が腕にスマートウォッチのようなリストバンドをつけています。そして体育館の中を走ったり、ウェイトトレーニングをしたりと思い思いのように過ごしているように見えたのですが、実際は「思い思い」ではなく、教師から指示されたメニューをこなしているのでした。そして教師はリアルタイムに一人ひとりの心拍数などをチェックしながら、「マイク!、先週よりも心拍数が安定しているな。いいぞ!」といった声をかけて、「個別指導」するわけです。それぞれの状態に応じてリアルタイムに指導する、ICTあってこその授業で、とても参考になりました。こうした使い方を拡げていければ、個々の状況に応じた教育が進められることで、教育全体を変えていくことができると感じました。
また、データの分析における成果も参考になるものでした。スポーケン地区教育委員会のレディンジャー教育長とお話しした際に、ICTの活用で一番成果が上がっているのは何かと問うと、「生徒のデータを把握し分析することで、退学率を下げることができた」という答えが返ってきました。教育現場では、教師の長年の経験がものをいう世界に思えますが、経験豊富な教師ばかりではなく、また、生徒の特性を掴むには相応の時間がかかるのが普通です。一方で、勉強で躓いたり、学校に来なくなるというようなことは、深刻な状態に至る前に何らかのサインがあると考えられます。スポーケンでは、生徒がどこで壁に当たったか、データを通じて把握に努め、早い段階で手を差し伸べることによって子どもの学びを支えている、ということでした。一連の話を通じ、ICT機器の特性を踏まえた明確な目的意識の下、データをきちんと分析し、それに応じた適切な対応が取り組まれていることを実感しました。
[ICTの活用のチャンスをしっかりと活かしたい]
ICT機器の導入は、あくまでも手段でしかありません。また、教育には「トレードオフ」の構造があることを忘れてはいけないと思っています。「トレードオフ」とは、何かを新しく始めると、その分だけ、何かを捨てなくてはいけないことを指します。学校の子どもたちにタブレット端末を渡して何かを始めることが、他の何かを削ってしまう結果にしてはいけない、タブレット端末を使うことでその時間、労力がプラスαの効果をもたらさなくては意味がないと考えています。
ICTの活用によって期待されるのは、コロナ感染症のような非常事態時のオンライン授業だけでなく、データを活用した学びの個別化にあることは既に述べた通りです。そのことはすなわち、20世紀型の画一的な教育から、21世紀型の創造的思考を育む教育を目指すことであり、これはとても大きな挑戦です。様々な活用方法があるICT機器だからこそ、何をするかという目的をしっかりと持って進めていくことによって、導入するコストに見合う以上の成果が出てくると期待するところです。私としても、文教住宅都市である西宮市が、教育現場へのICT活用の面でも高い成果をあげられるように、教育委員会をはじめ、情報を取り扱っている関係部局とも連携しながら、それぞれの学校において、ICT機器が有効に活用されるよう、できる限りの支援を尽くしたいと思います。
令和2年7月1日